『ベビーシッターを買って出た大学教授の話』は本当に美談なのか!?

ベビーシッターを買って出た大学教授の話が
ネット上でちょっと話題になっているそうです。

http://rocketnews24.com/2017/09/17/954975/
子守が見つからない「大学生のシングルママ」に救いの手!
教授がベビーシッターになってそのまま授業(ロケットニュース)

かいつまんで言うと、

アメリカのある大学に通うシングルマザーの生徒が
子守が見つからず、そのことを教授に話したところ
「講義に連れてきなさい」と言われ戸惑いながらも大学に連れて行った。
その教授は講義中、なんと片手で子供を抱いて子守をしながら講義を行った。

というお話です。

この話、本当に美談なのか?

この記事ニュースを書いた記者の人は、
教授が子供を抱いて講義している画像を見て
感動をおぼえた」と記しています。

おそらくこのニュースを見て
ほとんどの人は記者と同じ感想をもったのではないかと思います。

そして私も例外ではなく、
ほのぼのとした気持ちになりました。

でも、100%感動したかと聞かれれば
決してそうではありません。

何か違和感と言うかなんというか、
素直に笑顔になりきれない自分がいます。

なんででしょう?
ちょっと検証してみましょう。
こういうときは、いろんな立場になって
考えてみると見えてくるものがあります。

まず、他の生徒の気持ちから考えてみよう

なんて生徒思いの教授なんだろう!
子供がいるとほのぼのとした雰囲気にさせてくれるね!

そう思う生徒がいる一方、

なんで子供がいるんだよ。勉強する場所だぞ
教授が子供を抱っこするなんて、集中できないわ

と考える生徒がいても不思議ではありません。

だって、他人の事情なんて基本的には知ったこっちゃないし、
大学は勉強する場所ですので、そう思う人が出てくるのも当然です。

最初はいいかもしれないですけど、
子供だって生きてるんですから、
泣いたりわめいたりすることもあるでしょう。

記事内には、

教授に抱っこされたエメット君は、大人しく講義を聞いていた(!?)様子で、
彼女は教授の寛大な対応に感謝してもし切れない思いになっていたようだ。

と書かれていましたけど、
この先もおとなしく教授に抱かれているかはわからない。

子供の立場から考える

ってことで、次にこどもの立場から見てみます。

私も子供がいるので大体想像つくんですが、
子供って何でも大体最初はおとなしくしてくれるんですよ。

新しいおもちゃを与えたり、
新しい場所に行ったりしたときとか
最初は新鮮で物珍しいので集中していてくれる。

でもちょっと慣れてくると
自分のペースで歩き回ったりするし、
感情のまま泣いたりはしゃいだりしだす。

おそらくこの記事の場合も
最初だけのような気がしますね。

だって大学の講義中でしょ。
あんな広い空間で、たくさんの知らない人が
なぜか自分を見ているような状況。
子供にとったら「なんだこれは!?」ってなもんです。
そんな感じで、面食らっているんですね。

子供って本当に感情のままに生きてるんで、
面くらってるときはとことん面食らっています。

「泣く」という行為に至るのにも
「悲しい」「怒り」「不安」
といった感情が必要になってきますが、
面食らってる場合は、その状況に集中してるので
泣くことすらしないんですよね。

こんな初めての状況を目の前にしたら、そりゃそうですよ。

たまたまこの子供は泣かなかっただけで、
最初から泣きわめく子供も結構いると思います。
そしてその場合は、そもそもこんな記事にはなってないんですね。
たまたま泣かなかったから、美談として記事に取り上げられたってだけで。

しかもこの子供だって、
おとなしくしてるのもきっとこの最初だけでしょう。
上記のような理由で、次からはおそらく泣きだすか
泣かなくても教授の腕を離れてその辺をうろうろし出すに違いありません。

記事内には子供が何歳とか書かれてなかったんですが、
画像を見る限りではおそらく1歳~2歳といったところ。
靴下をはいていることからみても、
もう既に歩き出している可能性が高そうです。

3ヶ月とか乳児ならいざしらず、
このくらいの年齢になってくると
疲れている時以外はあまり抱っこされたがりません。
もう歩きたくて仕方ないんですね。

しかも抱っこしてるのはお母さんではなく、
どこの馬の骨とも分からない人。
子供からすれば「誰やねん、このおっさん!」でしょう。

複雑な感情のお母さんの立場

おそらくいろんな思いがあったと思います。
授業に集中できて助かるわ!
なんて子供思いの教授なのかしら!

そう思う反面、
他の生徒に迷惑じゃないかしら?
やっぱり他人に子供を預けるのは心配・・・
なんてこともよぎったはずです。

まず私が思うのは、
本当に授業に集中できるのでしょうか?

自分の子供を教授に抱っこさせておきながら
自分は100%勉強にいそしむなんてことができるのでしょうか?

申し訳ない気持ちと、
泣いたらどうしようと不安な気持ち。
こんな感情を抱きながら果たして勉強なんてできるものなんでしょうか。

私なら絶対無理ですね(笑)

そもそも、大学につれてくることを許可してもらってるなら、
自分が見ながら授業を受ける方が気が楽なのではないでしょうか?

それとも、いち生徒である自分が子供づれで講義を受けるより、
教授が見ている方が他の生徒にも納得してもらいやすいってことなんでしょうか。

最後に教授の立場から

今書いたように、
いち生徒が子供づれで講義を受けるよりも、
教授である私が子供を見れば
他の生徒からも納得してもらいやすいだろう
と考えてのことであれば、これは正しいですね。

他の生徒からすれば、
例外的に子供づれで講義を受けている生徒がいると
やはり「なぜ特別扱いなのか」なんて気持ちが少しあると思います。

たとえ教授から
「あの子はシングルマザーで大変だから子供づれを認めています」と
説明があったとしてもです。

なので教授自らが子供を見ることで
他の生徒に受け入れてもらいやすくするためであれば、
これは大正解ですね。

しかし、何も考えてなかったってことも考えられます。
ただ、困っている生徒を助けたかった。
だから、私が子供を見るので大学に来なさいと言った。
このパターンはちょっと問題ですね。決してよろしくないです。
あまりにも迂闊すぎます。

アメリカだから許されてるんでしょうけど、
ここ日本では絶対にありえないことです。
もしこんなことしたら・・・いや、絶対できないですね。

むしろ、美談になるのではないか?といった思いや、
いい教授だと思われたいがためにやった可能性もあります。
これはもっとよろしくないですね。

もっとひどいのは、大学のプロモーションのためだったり、
インスタ映えのためにやったことであれば目も当てられません。
・・・いや、むしろこの場合はあっぱれと言うべきか。

世の中には「美談にしたがりさん」が多い

だらだらと書いてしまいましたが、
私がこの記事を通じて言いたかったのはこの一点。

世にある美談をそのまま美談として処理し、思考停止していませんか?

立場が変われば、美談ではなくなるかもしれない。
世の中には「美談にしたがりさん」があまりにも多いようです。

昔ダウンタウンの松っちゃんが言ってました。

病気の子供のために、ホームラン予告をした野球選手が
本当に予告通りホームランを打ってくれた。
この話だけ聞くと、美談以外のなにものでもない。
ただし、果たしてホームランを打たれた投手には
病気の子供のファンはいなかったのかな?

本当にその通りですよね。

いろんな立場に立ってものを考えるようにすることで
見えてくるものがきっとあるはずです。

これからも当ブログではあらゆるニュースを取り上げて
いろんな立場から見て論じていきたいと思います!

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